徒然:笑顔の写真
気づけばこんなに期間があいてしまっていた。なんと最後に書いたのは3月。紙の日記もあまり更新していなくて、自分を見つめることをサボっているなあと感じる。
生活がそれどころではない、という面もあるので、今までみたいに大きな内容(大きなというのがどういうことかは定義できないけど)ではなくても書いていこうと思う。
うんうん唸って書いたものではないので、読んでもつまらないだろうから、タイトルに『徒然』とつけるので、避けたい人は避けてね。
時間を無駄にさせないための配慮のつもりです。
私はちょっと人より長めに学生をしている。
小さな、特殊な学部だからというのもあって、多分他には少ないのではと思うが、大学の卒業アルバムを作る。
今日はその写真撮影日で、個人写真や集合写真、スナップなんかも撮った。
それがすごく、凄く楽しくて、自分の顔も心から楽しそうに写っていて、少し驚いてしまった。私は以前写真を撮られるのが嫌いだったから。
あの、カメラに向けて笑ったつもりでも不器用な真顔を向けていた子供がこんな顔をする人間になるのだな、と驚いて、嬉しかった。
学校というものが嫌いだった。嫌いなひとは沢山いるとは思うけど、私はその時嫌いな理由がよくわからなかった。
勉強はそれ程苦ではなくて、成績を上げるのは楽しかったし、人間関係も苦労したことはないと言ったら嘘になるけど、私は人に嫌われにくい無害ジャンルの人間なので楽なほうだった。
青春を謳歌はしなかったけど、全く味わっていないわけじゃない。学祭でステージ発表の抽選に外れたのに、クラス皆んなで中庭でミュージカルを強行したのは実にわくわくしたし、選抜で歌わせてももらった。
でも、早く学生から抜け出したかった。学校に通う毎日を終わらせたかった。
偶に、自分の足元から一歩踏み出せば暗闇の穴へ真っ逆さまに落ちてしまうのではないかと思うこともあった。
日々は輝くよりも、漫然とぬるい空気のこもった部屋の中で息苦しく、気まぐれに吹き込む風に息継ぎをしている心地だった。
だから、学校が楽しいという経験を大学で初めてした。学校というか、毎日通う場所と毎日会う人が好きで、楽しいという日々が初めてだ。
気の合わない人には最低限の関わりでよい。
そりが合わなくなったら離れていい。先生が介入してきたり、席替えで気まずい相手と近くなったりしない。
好きな人と夜まで遊んでいいし、好きなことを朝までしてもいい。
小説を読んで夜更かししてうとうとしながら受けた授業とか
付いていくのが大変な授業後にゼーハーしながら甘いものを買いに行ったこととか
帰り道別れがたくて道端で友達と話し込んだりとか
くだらないことでお腹を抱えてわらったりとか
先輩に誘ってもらったりとか、後輩に慕ってもらったりとか
永遠にしまっておくのかもと思っていたことをぽろりと零した後に真摯な言葉が返ってきたりとか
私はたまたま、最後の学生生活でこれらのことを受け取ったけど、きっとそういうのって、学生の間だけってことではないんじゃないのかなあと思う。
きちんと生きていれば、自分を大切にして相手を自分と同じように大切にすれば、人生のどこかしらで受け取れる類のものなのではないかな。
私と同じ環境にいても、この環境を恵まれたものと感じない人ももちろんいると思うし、たまたま私がこの環境と相性が良かったのだろう。
そして、今までの環境は相性が悪かったのだと思う。
制服が嫌いだ。スカートの丈を注意されるのも、前髪の長さを指摘されるの嫌いだ。
私は長いスカートをひらひらとさせられるし、長い前髪も上手にカールさせられる。
教室の中で決められた席に座るのも嫌いだ。
私は好きな子を笑顔にする話ができるし、昨日あったことを直ぐに話したいひとがいる。
興味のない集会もイベントも嫌いだ。
私は情報を収集できるし、興味のあるものは選び取る感性がある。
黒いスカーフより赤いスカーフが好きだと知りながら、毎日黒いスカーフを巻くのは苦痛だった。今ならそうやって学校が嫌いだった理由を話すことができる。
だけど、それも嫌な環境から抜け出したからだ。
その中にいるときは、息継ぎすることに必死で、なぜこんなに息苦しいのかなんてとてもじゃないが考えている暇はない。
生き延びれば、その先に自分が知らなかったものがある。
知らなかった苦痛もあるだろうが、知らなかった幸せもきっとあるはず。
思いがけず、笑顔の写真を得た私はそう考えることができるようになった。
忘れるもんか、と今日、思ったのです。
それは反射鏡のように
私は、自分が美しくないということを知っていた。
奥二重の小さな目だし、眉はヘンテコな三角形をしていて、歯並びも出っ歯気味だ。
肌も普通にニキビに悩むし、髪も癖がよく付き毎朝作品が出来上がっている。
乾燥しやすいので手にはささくれが多く白魚どころか岩壁のようで、謎のアレルギーにより瞼が3年ほど腫れた時期もあった。
そこらへんにいる、内向的な、さして美しくもない、肌の弱い女の子、それが私だった。
どうして、”さして美しくもない”と付くかというと
私の姉は美しい女の子だったからだ。
彼女はくるりとした大きな目を持ち、ふっさりとした形の良い眉、ぷくりとした血色の良い唇、おまけに肌はすこぶる白く、髪は細い麻色だった。
指はほっそりと長く、輪郭は卵型、脚もすらりと細く長い。
社交的で頭の回転が速かったので、大人の会話に入っていっておきゃんな言い返しをしては、よく笑顔の中心にいた。
まるで物語の主人公のような姉が心から自慢で、けれど、現実をよく突きつけてきたのもその存在だった。
周りは心ある人達だったので、直接的に姉と比べられたことはそれほどない。
けれど、少しづつ態度や視線に現れていくその差は心に降り積もっていくものだ。
そしてその瞬間は、あるとき膨れた水風船が小さな針で弾けるようにやってきた。
母方の祖母の姉妹あたりの遠い親戚だったと記憶している。ゆうに数年ぶりに会った私たち姉妹は小学校も半ばを過ぎ、徐々に子供から女の子へなり始めていた。
現れた彼女はわっとこちらへ駆け寄り、姉に向き合って肩へ軽く手をかけると
「まあこんなに綺麗になって。」「モデルさんみたいねえ。」
と笑いかけた。姉は照れたようにその白い頬を緩ませた。
そうして、横にいた私に彼女の視線が向いた
瞳が揺れた気がした。ほんの少しの沈黙と眉がぴくりと下がった。
私はその表情に憐れみを感じる程にはもう大人だった。
「大きくなったね。」と彼女は微笑んだ。
その時、すとん、と腑に落ちるように、私は自分の容貌が美しくないと評価されることを明確に理解した。
それ以来、私の人生は「美しくないから」という言葉に支配されていくことになった。
美しくないので、良い子でいないといけない。
美しくないので、面白くなければいけない。
美しくないので、勉強ができなければいけない。
重りを付けた滑車のようなもので、引き上げるには多大な労力を要するが、労力かけた分回る時の勢いは凄かった。貪欲な目でおちゃらけた態度を研究し、執念のように良い子に振る舞った。しがみ付くように勉強した時期もある。
長い間美しいことの代用品を探し続けた。なんでも良かった。美しくないことを乗り越えられるならなんでも。苦しくても、つらくても、歯を食いしばって泣く夜があっても、自分は美しくないという事実を飲み込むほどのものが得られるのなら、なんでも良かった。
代用品を探すのをやめたのは、ほんの2年前だ。
家族、友人、恩師、人から私自身への評価は"良い子"という形に収束するようになり、息をするように冗談を口にするようになり、世間的に学歴と言われるものも得た。
それらは考え抜いた、美しいことの代用品だった。時間と労力をかけてやっと得たもののはずだった。それなのに、ある晩、「私はなにをしてるんだろう」と、思ってしまった。
私が得たかったのは、こんなことなのかな?
もっとちがう、何か違う、例えば自分の手でなぞれるような、ひとりの夜も確かめられるような
これじゃない。誰かの目や評価でやっと安心できるようなものじゃなくて。欲しかったのは、こんなものじゃないということは、もう、よく分かっていた。
ずっと長い間、自分の中でほったらかしにしていた部分があった。
感性、と呼ばれるものだと思う。人の目を気にするには傷つきやすく柔らかく脆い心の一部なので、できるだけ触らないように努めていた。
代用品探しは、色々なものを切って捨てる必要があったけれど、ここだけはいつか捨てたくても捨てられず、同時にここを失ったとき、自分を自分たらしめるものを見失ってしまうような気もしていた。
感じることをやるめるのは、水中に潜っているようなものだと今なら思う。
酸素ボンベで吸っても吐いても、めいいっぱい深呼吸する気持ち良さには決して叶わないのと同じで、感じないことで生きてはいけるが、それはひどく息苦しい。
代用品探しで十数年続けてきた習慣は変えることはなかなかできないけど、今まで閉じていた部分を徐々に開いていくことはできる。少しづつ外壁を塗り固めるより、内側を整理したり新しいものを吸収したりしていくこと。私の場合は、読書とものづくり、考えて文章にすること。これらは、やりたかったけれど優先順位が低いとしてやめていたこと、だった。
生まれ変わったみたいに、世界が眩しくて堪らなくなった。
本の一節、映画のワンシーン、猫の目、帰り道の木陰、はじめてのフルーツ、5月の散歩
素敵なものがここらそこらに沢山あって、自分の言葉にすればまた一層光輝くようで。
「美しい」と思うものをいっぱい見つけて、見つめていく。
そうすると不思議なことに、以前よりずっと褒められるようになった。
友人から目がきれいよね、とか
薔薇を一緒に眺めたおばさまに薔薇に負けないくらいきれいよ、とか
くすぐったくなるような言葉を貰えるようになった。
以前、美しいことの代用品を探していた時の方が、ずっとずっと美しくなりたかった。
誰にも負けないくらい、ずうっと美しくなりたかった。
だけど、美しいということを憎んでいた。美しくない自分がいることが悲しいから。
今は美しいものを愛せる。抱きしめたり、触れたり、眺めたりできる。
もし、私が美しく見える時があるとするのなら
それは私を取り囲む美しいものたちが反射しているのだと思う。
きれいだな、眩しいな、と目を細めた顔に、その光が映っているのだろう。
美しくないことを憎むには。もう美しいものを知りすぎてしまった。
見るからに美しい人やものはもちろん。姿、形なんてものにとどまらない、言葉や眼差しの美しさを。
それらが与える感動は心をどうしようもなく震わせて、私の心に打ち付けられ、まるでダイヤモンドが削り出されていくように一層輝きを増していく。
だから私はこの先も、自分の信じる美しさの中で、生きていきたいと思う。
大好きなshe is(https://sheishere.jp/)さんの2月の公募、「美は無限に」に寄せて書いたものです。
ひろうにぎるあさるまぶしみどりまぎれおはよ
ああ、まただ。と思う。
切畑先生のお話に心の柔らかい、誰にも見せないような、でも光って熱くてたまらないような部分を握られてしまうのは、まただ。と思う。
https://twitter.com/uzunyan620/status/1094202802216230912?s=21
(ツイッターで拝見してこれを書いたので、ブログから見たひとは何が何だか分からなかったと思います。ごめんなさい。)
この眼に映る真実
やっと手に入れた切畑水葉さんの『草かんむりと嘘つきの庭』ウェブ漫画で連載なさっていた時から追いかけていて、今回単行本になるということで絶対買う!という思いを持ち、金欠を乗り越え手に入れたらこんな時期に…でも読み返しても素晴らしくて、こんなに美しい本が手元にある事が本当に嬉しい。
一話を最初に読んだ時はその世界観に惹かれて好きになったのだけれど、いよいよ最終話となり読み終わると、胸がとても苦しくて苦しくて、"やっと、やっと言ってもらえた。"と思った。
こんなことを伝えてくれる誰かが居ることが、嬉しくて嬉しくて切なくて、救いで、堪らなくなる。
ずっとそう言ってもらいたかった、ずっと私の見える世界を、そうやって言ってもらいたかったのだ。
子供の頃の話をしてもいいだろうか。家族にも恵まれ、特筆すべき不幸は経験していないはずだが、私は幼少期にあまり良い思いがない。ずっと、早く大人になりたいと思っていたからだ。大きくなれば、大人になれば、このつらさや生きづらさは解決すると思っていた。
よくありがちな、内向的な子供だったと思う。本を読んだり、空想したり、自分の世界を眺めて遊ぶのが好きで、人とお喋りすることは苦手で、文字で書く方がずっと自分の思いを伝えやすかった。ひとたび夢中になると本でも空想でも自分で止めることはできず、周りは見えなくなった。
けれどこういう性質はよく笑われた。ひとりで自分の世界を遊ぶときや、話を上手く伝えられないときに、またやってる、と笑われた。どことなくそれには、子供達からも大人たちからも揶揄が含まれていて、ひどく恥ずかしくなったのを覚えている。(もちろん子供の1人遊びにそういう気持ちが芽生えるのは今なら理解できる。微笑ましい気持ちもあっただろう。)
笑われることから、私は自分の性質は悪いものなのだろうと思うようになった。小さな発見から大きな物語が始まりそれに囚われて周りが見えなくなることも、喋り下手も、引っ込み思案も、他人が面白がることを何一つ言えないことも。全部悪くて、みっともないことなのだと思い、治そうとした。
誰かが側にいれば、私の小さな発見は握りつぶし無いものにした。思考の世界に囚われないように。
初対面の人にもさも気安そうに振る舞い、上手い人のお喋りを観察し真似して実践した。みっともない人見知りを発揮しないように。
他人が面白がることが話す価値のあることであり、平気でうわべの言葉を使いおどけてみせた。つまらない私の話なんて必要とされてないから。
もちろんこの変化で良い思いもした。取っつきやすいと思われ、敵視されることもほぼなく、友達も作りやすかった。スクールカーストの真ん中を渡っていき、家族にはいい子として認識され信頼されている。
でもそこまでの努力はもう二度と繰り返したくないほどで、喋りが苦手なので話せば「何いってるのか分かんない」と言われたり、気持ちを押し殺して無理やりおどけてみせたり、楽しかった空想の世界に行かないようにすることも心に疲弊を与えた。誰もいない時にひっそりと空想へ抜け出す事にしていた。
唯一笑われない性質は本を読むことぐらいだったので、本の中に深く深く潜り、現実の世界を抜け出すのが大好きだった。
本が好きで文学部に行きたいと母に告げると、大反対を受け、どれほど文学部進学が無駄なのかをとうとうと説明された。母が私の将来を憂慮して考えてくれていることはよく分かったけれど、ああ好きという気持ちなんて無駄なのだ、私の好きなものに価値なんてないんだ、と諦めの気持ちが沸き起こった。この性質は悪いものなので、要らないものなので、認められなのは当たり前なのだ。
それから私は自分を戒め、高校3年間は本を一冊も読まなかった。
こういう本来の性質からの変化が結果として悪かったのか、と言われると悪いとは断言できない。あのまま成長すれば生きにくい部分は多々あったであろうと想像がつくし、作り上げた性格のお陰で友や家族からの信頼と情を得た部分もあるからだ。(努力なしにそういうのを勝ち取るのは多くの場合難しいと思う)
しかし、常に自分の性質を否定し続けた経験は、今でも私の根っこに怯えを残した。無価値で不必要なものが私の根っこなのではないだろうか、私は皆んなに嘘をつき続けているのではないだろうか、と。
そんな想いの中で、この物語は私の取り残された心を掬い上げてくれた。
主人公の蕗くんは、普通には見えない小人のようなものが見え、それの話をすると「嘘つき」と言われ、それは自分の妄想だと思い込む。
見える蕗くんを庭の管理役として雇い入れたのは同じ目をもつ庭の主のキャベツで、2人は出会って互いの目に映るものは嘘ではなかったことを知る。小人を庭師と呼び、共に庭を世話しているキャベツは、キャベツの願いである年末の庭師の忘年会を催させるために蕗くんと1年契約を結ぶ。瑞々しい世界観で植物の生とファンタジーが交わるお話は、物語としてとても魅力的で楽しい。
植物の絵も本当にきれいで、キャベツの孫のたまきちゃんもかわいい(髪を眉上前髪ロングにしたくなる)。
そして、沢山の宝物のような言葉がある。
キャベツの最後の言葉にとてもとても救われた。ずっと、ずっとそう言ってもらいたかった。
苦しい、胸が苦しい。幼い頃の想いや光景が私の中を、駆け巡った。
あの日雲の隙間から差し込む光を梯子と思ったこと、定規にくり抜かれた三角や丸の中にある無限に思いを馳せたこと、自分の僅かな一歩も積み重なればこの体を遠くへと運んでしまう不思議。
あの梯子は何処かへ繋がっているのではないか、この窓の中には違うものが見えるのではないか、私の足と共に私を運ぶ何かがいたりして…
けれど、これは変なことだから、私の見える世界を話したり、遊んだりすることは変なことだから、やめないといけない、上手にしないといけない。そう思って口をつぐみ小さく小さくなるよう、うずくまり続けていた日々。
光のような言葉に、うずくまっていた私はやっと顔を上げた。間違っていなかったんだ、時折、たまらなく世界が眩しく美しいことも、この眼が見るものはまぎれようもなく、善いものなんだ。
キャベツと出会って見えるものを見つめ続けるそのうちに、蕗くんは見えることを呪わなくなる。見続けたいと思うようになる。
けれど、2人が出会えたのは、キャベツが嘘をつかなかったからだ。「嘘つき」と言われようとも、自分の眼を信じ続けて、何にもならない自分にとって大切なことをずっと大事にして。
やめなきゃな、と思う。嘘をつくことを。
この眼に映る真実があるのだから、口を開き語り始めなきゃ。いつか同じ眼を持つ誰かと出会うために。
本当に沢山の人に読んでほしい。できれば全ての子供たちに読んでほしい。全ての子供でありたくなかった人たちにも、読んでほしい。
そうして沢山の人たちが、見えるものを語り始めたらいい。きっととっても素敵だろう。
私はまだ、あなたの美しさを知らない。
she isに寄稿された『五線譜に紡ぐいくつもの感覚』という小指さんの文章に大きな、大きな感動を受けて昨夜はぶるりと震えてしまった。ひとりの人間という存在の途方もなさに、私は立ち尽くすしか術がなかった。
https://sheishere.jp/voice/201808-koyubi/
小指さんの描くスコアドローイングは本当に美しくて、実体を持たぬ(いや、音としての実体はあるのだが)音楽が、小指さんというフィルターを通して私の前に可視化される。それをまた私自身、自分のフィルターを通して見ている。
これは表現というより彼女の感性を表しているのだろうが、ドローイングを見ながら山の丘陵や水面の波紋、光の反射などの連想を勝手にしてしまう。しかし、この自然と音楽を結びつけたのは小指さんの感性なのか、私の感性なのか、判別がつかない。
でもとにかく、そのスコアドローイングには私の知らなかった音楽があり、景色があり、世界の見えざる一部がある。
私は"普通でいること"に執心している子供だった。自分の考える普通を維持するためになら無干渉や無関心という防壁を張ることは当たり前で、"他人に謗られない"という私の普通の基準に満たないものは、それがたとえ私の感性の一部であっても無いものとして扱った。その防壁の前で壁に気づかれないようにパフォーマンスをして、そうできない子より優位にあるような気さえしていた。自分で視界を塞ぎ、自身の世界さえ暗幕で覆って、狭い狭い世界しか見ずに生きていた。
だからきっと、もし少女時代に小指さんと毎日同じ場所で出会ったとしても、私はその狭い視野からでしか彼女を見なかっただろう。
こんなにも、こんなにも心を揺さぶる美しい景色を知らずに、自分の狭小な普通の上で丸くなっているに違いない。そう考えると、私が見過ごしてきた膨大で想像もつかない新しさや素晴らしさを秘めたものたちがいたことに、心が締めつけられてしまう。
そんな生き方の恐ろしさ、そんな生き方をしていた自分自身の恐ろしさが胸を覆った。
考えているうちに、昔の記憶がよみがえってきた。弁論大会の記憶だ。
私の学校には各生徒が自由テーマで作文を仕上げてきて、生徒の前で読み上げる弁論大会と呼ばれるものがあった。誰もがテンプレートとされる、自分の体験からの学びや気持ちを読み上げる中、自らが考える世界を語った女の子のことを思い出した。変わっていると言われる子で、やはり私とは距離があったが、彼女の見る世界の豊かさに星が瞬くような感動を覚えた記憶が浮かんできた。
「私達は多くの細胞からできています。私は、私の細胞の中に小さな小さな地球があると考えます。その地球にいる1人を仮に太郎と名付けましょう。すると太郎の細胞の中にも小さな地球があり、そこにいる1人は次郎と名付けます。すると次郎の細胞の中にも小地球があり、そこには三郎がいて、その三郎の中にも地球があり誰かがいます。太郎も次郎も三郎も、私と同じように眠りから覚めて、食事をして、勉強をして、おしゃべりをしてまた眠ったりします。
もしかすると、この宇宙の中にある地球にいる私自身も、誰かの細胞の中の一部なのかもしれません。」
ざっくりとまとめるとこんな内容だったと思う。私は十数年後の今改めて、彼女の体を形作るたくさんの宇宙と、ここにある宇宙の広大の可能性と狭小の可能性に想いを馳せた。
同時に小指さんがお父様の頭の中を小宇宙と形容したことが、ストンと腑に落ちた。
宇宙のことはあまり詳しくないが、とても大きいこと、どこまであるのか、なんのためにあるのか誰も知らないこと。人類がまだ見つけていない事実があとどれくらいあるのか、見つけた事実より多いのか少ないのかさえわかっていないことは知っている。
なんだ、そっくりじゃないか、と思う。
小指さんも、あの女の子も、家族も、好きな人も苦手な人も、私のことを嫌いな人も、彼らの思考や感情は、あの時はあそこにあったが今はどこにあるのか、
興味や関心、好きなこと、嫌いなことは知っていることの方が多いのか、知らないことの方が多いのか、わからない。
わかるのは私の視界に映るものよりずっと大きく、想像もつかないものがきっとあるということだけ。もしかしたら私自身でさえ、自分が思っているより果てしないのかもしれない。
昔、"普通ではないから"という理由で無いものとして目を瞑ってきた自分の感性を愛そうとする試みの一つで、ここに文章を書いている。ずっとひた隠しにしてきた部分なので、書くのも公開ボタンを押すのも、まだどきどきしてしまう。本当に臆病なので、ここのことは誰にも打ち明けていない。この場所を否定され笑われると、私の心は崩れ落ちてしまうから。大切だと言い合う相手にも、親友と呼び合う相手にも、弱くて臆病な私は口を結び、見えないように隠して笑う癖がまだ抜けない。
でもいつか、朗々と語り始めたい。
私の見る世界を、私の感性と言葉で、
好きな人にも苦手な人もにも、胸を張って、何にも脅かされずに。守り抜くのだ、私の強さで。
恩田陸さんの『恋はみずいろ』という短編の中にこんな一節が出てくる。
"モーツァルトの音楽は彼の人生の上澄みであるとともに、この世界の上澄みなのです。狂気と苦痛と孤独と絶望に満たされた海の、澱の上の僅かな上澄み。だからああも美しく、あんなにも純度が高いのでしょう。"
小指さんのスコアドローイングは私の知らない世界の一部で、そしてまだ知らぬ美しく力に満ちた世界がこの世に、人間の中にあることを教えたくれた。彼女の隣に立ったとしてもその景色をみることは叶わないが、互いに何処にいるのかも知らない今、私はその素晴らしさを眺め、心を揺らしている。
美しいものは柔らかく、脆く、繊細なものに根をはる。そんな部分を表現として形造り、広く公開してくれたことに感謝している。ありがとうございます。
ひとりの人間というものは、
途方も無い宇宙に似た何かで
私にはそれが見えず、たまに運良く見ることができたりする。
彼女の世界は彼女しか知り得ず、それは私の世界も同じこと
もし互いが見えたなら、それは星が生まれるような奇跡だ。
ただ一つの事実は自分の世界を生きるあなたは美しいということ、そして私はまだ、あなたの美しさを知らない。それだけだ。『モネ、それからの100年』
友人のとこへ遊びに東京へ、同時に気になっていた横浜のモネ展にその子と行けることになりとても楽しかった。友人の発見もその度の宝物で、この子の感性が好きだなあと思っちゃったよ。
モネの絵は実物を初めてみた、テレポート能力があるみたいな絵だった。
私はふとした拍子に又は意図的にでも、美しさに圧倒される自然の景色を目の当たりにすると、切なくなってしまう。胸の奥がぎゅうと苦しくなって、もうどうしようもなく。この刹那に、このひと時に終わってしまうからか、またきっと私の知らぬ間に現れるからかわからないけれど、切なくなってしまうのだ。
あの、屋外にしか存在し得ないはずの気持ちが、美術館の回廊でやってきた。その絵を見ると、どこかで感じたことのある、何かがやってきて、でもこんな所で会うはずがなくて。一目みてから、あれ?おかしいな?この気持ちは…と違和感があったけれど、あの朝靄の中のロンドン橋や朝日と雪解けの川面を見た時、私の胸はありありと切なくなり、なんてことだ、と思った。連れてこられてしまった、あの場所へ。モネの見た世界へ。その感動へ。
「私が描きたいのは、私とカンヴァスの間にある何かなのだ。」という言葉そのものがモネの絵だ。
彼の絵には本物の景色と同じ、又はそれを超える何かがある。ひとは誰しも自然の美しさに目を奪われてしまったことがあるだろうけど、その時の気持ちと同様のあるいはよく似たものがそこにはある。
私はその時、額縁という視界にモネの見た世界を写してしまったのかもしれない。
友人と話しながら見ていると、睡蓮はふと目に入った時が最も衝撃的だという話になった。睡蓮の展示室は壁がアーチを描きそこに飾られていて、その部屋に四角く切り取られた入り口から睡蓮に対して横に入っていくのだけれど、入室のその時、ちょうど目に入るのはアーチ状の壁に掛けられ斜めに角度のついた睡蓮。そしてその睡蓮は、まるで水面に浮いているかのように、花が浮かび上がってくる。正面からももちろん美しいが、部屋に入った時のあの一瞬がなんとも言い難い感動があった。
モネからインスピレーションを受けた現代アートも数々展示されていた。その際時代が近づくにつれ芸術は生活に近くなってくる気がする、という話も友人とした。宗教画やアカデミーの絵は美術館で立派な額に飾られて見たい。印象派は部屋に欲しい。朝のミルクティーを片手にキッチンから居間に入ってくる時、ふと目についてその素晴らしさにしみじみとしながら一服したい。現代アートはそのままポーチにして持ち歩くのもいいね。なんてね。
あの時代しか生まれ得なかったものがあるように、今しか生まれないものもきっとある。見逃したくないな、と思う。
汝、隣人を愛せよ🌙
このところ『美少女戦士セーラームーン』の初期シーズンをアマゾンプライムで見返していた。この時期は無印と言われ、この後のシーズンの末尾にRやSなどがつくのでそう呼ばれるらしい。無印はちょうど生まれた頃くらいの作品なのでイマイチ知らなかった部分も多く、絵柄も雰囲気もレトロかわいいこともあって楽しく1シーズン分見終わった。終盤が評判の鬱展開でこれを乗り越えた現役女児に慄きつつも、すっかりハマって続きのRを観たい、とプライム内を探すと劇場版があった。まあたぶん続きだろうと思って観たら、アニメがどうやら先だったらしく当然のように無印には登場しなかったちびうさが出ていた。ちょっとショック。とかそんなことはどうでも良くて。
この劇場版Rで泣いてしまった。ぼろぼろと。まさかとは思ったけれど本当に泣いてしまった。
無印シーズンを通して、正直言うと主人公のセーラームーンであるうさぎにイラッとすることが多かった。だって本当に何もできないのだ。マーキュリーの亜美ちゃんみたいに勉強が良くできて知性があるわけでもなく、マーズであるレイちゃんみたいに家の神社を守り勇ましさを持つのでもなく、ジュピターことまこちゃんみたいにシンプルに強くてまた家庭的な面も備えているわけでもなく、ヴィーナスの美奈子ちゃんみたいに正義の戦士としての心意気や実績があるわけでもない。実生活でもセーラー戦士としても、本当に何も特筆するところのない、普通の女の子なのだ。どこにでもいる女の子、それに対して仲間の戦士たちは揃いも揃ってスーパー中学生なものだから、また何だかうさぎが情けなく見えてくる。
シーズンの終盤、クライマックスでも
「もう戦いたくない!」(これは何度も言う)
「もうやめて帰ろうよ!」(敵のアジトに乗り込んだ時)
「銀水晶なんてあげちゃおう!もう皆んなが傷つくの嫌なの!」(あげると地球は滅びる、セーラー戦士は1人死亡済み)
と、地球を救う正義に燃える仲間の横でまるで駄々っ子で、(なーんでこんなキャラクターの子、主人公にしちゃったんだろ)とぼーっと考えながら少しイラつきながら観ていた。思い返せば昔から憧れるのは美しくて強く戦う仲間の女の子の方で、ごねる割には美味しいとこだけ持っていくうさぎには、(なんだかなあ、プリンセスだからってね。)なんて考えてしまっていた。
それがこの劇場版Rで全く改まってしまった。今まで気づかなかったし、考えもしなかったこと。自分の浅慮さに少し恥ずかしささえ覚えた。
それは、スーパー中学生な女の子だって、ただの女の子であり、輝きの影には孤独や偏見が存在するということ。それは持たざる者には理解できないこと。けれども、理解などできなくとも笑い合うことは許されるのだということ。普通じゃないこと、特別であることは素晴らしい、でもそれには努力や我慢や誤解が付きもので、その中で平気そうに笑ってみせるのは酷く難しい。一度与えられた役割からは中々抜け出すことはできない。だから戦うしかない。がんばるしかない。
けれど、そんな特別な一面を持ちながらも、うさぎの側では普通の女の子で居られるのだ。亜美ちゃんは勉強しなくてもいいし、レイちゃんはお家のことを考えなくてもいいし、まこちゃんは女の子らしく振舞っていいし、美奈子ちゃんは正義の味方じゃなく友達としてなんでも話していい。うさぎは友達に何の役割も求めない。そのままで、頑張らない彼女たちのままに笑いかけるのだ。遊ぼうよ!おしゃべりしようよ!恋をしようよ!大好きだよ!と。子供たち、頑張らなくていいんだ。何者かになろうとしなくったっていい。おしゃべりしてアイスクリーム食べて恋をして友情を深めて、それでいいんだ、と。女の子の、いや全ての子供の頑張らない時間を肯定してくれる存在がうさぎなんだと思う。
そしてうさぎはいつも友達や家族や好きな人を守りたがる。正義とか地球とか平和とか、そんな大きなものは友情や愛の前には敵わない。それはある意味では正しくないし弱さかもしれない。けれどある意味では真理であり強さだと思う。
うさぎに限ってはセーラー戦士なので戦わねばならないときが来る。けれども私達はセーラー戦士ではないので、変身して幻の銀水晶で地球を守ることはできないので、なので、隣の、友や家族や恋人を抱きしめなければならない。
ひとりひとりが抱きしめ合い、手を繋いで、笑いあって、それが連なって連なって連なれば、行きつく先は平和だから。
この世界で私が手をとれない相手は他の誰かが手をとってくれるので争う必要も戦う必要もない。私はキリスト教徒でもなく、宗教に関する知識も乏しいし、キリストの言ったことにはすでに時代錯誤なこともあるとは思うが、「汝、隣人を愛せよ」の言葉は真理であると思う。
セーラームーンは間違いなく名作だ。私の周りの男の子は攻撃的な子が多かったし多いけど、それはセーラームーン見てなかったからじゃない?って思うほど優しさに満ちた、優しさを学べるものだと感じる。全児童必修アニメではないですか?
そしてその物語は子どもを甘く見ていないので、子どもに思考を与えてくれると思う。あのアニメが出した宿題を子ども達は懸命に受け取り、噛み砕き、理解しようとするだろう。あの頃の私が見ていたらどんな気持ちになっただろうか。子どもの感性で見てみたかった。
何かが出来ることは素晴らしいけれど、何もできなくたってあなたは主人公だとうさぎが教えてくれるし、
誰かに立ち向かうのではなく、誰かを抱きしめることの正しさを、教えてくれる。